悪意の遺棄とは|成立に必要な3つの条件の実際に認められた事例
悪意の遺棄(あくいのいき)とは、法廷での離婚成立が認められる理由のひとつで、民法第770条1項2号「配偶者から悪意で遺棄されたとき」に該当し、生活費を家庭に入れない、理由もなく別居するといった行為が該当します。
悪意の遺棄は民法で定められた、「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。」(第752条)という規定を放棄した場合に適用されますが、ただ別居して生活費を入れないだけでは悪意の遺棄にはなりません。
相手に「夫婦生活を破綻させる意思があったか」が、重要な判断ポイントとなるのです。
今回は、悪意の遺棄に該当するケースなどをご紹介するとともに、悪意の遺棄を理由として相手に慰謝料を請求する方法や、離婚するにはどうすれば良いのか、悪意の遺棄を証明するために必要なことなどを、過去の事例を挙げながらご紹介します。
悪意の遺棄とは|判断ポイントは大きく3つに分けられる
判断ポイントは大きく3つに分けられます。
- その行為に至るまでに正当な理由があったか
- その行為に至る前に夫婦間で合意があったか
- 相手に夫婦関係を破綻させる意思があったか
もし上記に該当する場合は、悪意の遺棄には該当しません。
そうせざるを得ない状況だったという判断になるでしょう。
悪意の遺棄は、別居や生活費を入れない状況だけでなく、そのバックグラウンドも含めて判断されるのです。
悪意の遺棄と判断される具体的な3つのケース
以下に、悪意の遺棄として判断されるケースをまとめました。
ポイントは、民法第752条の「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。」に反しているかです。
そして、どれも「正当な理由がない」ことや「夫婦の合意がない」ことが前提です。
同居義務を怠っているケース
- 正当な理由なく何度も家を出る
- 相手が家に帰りづらい状況をつくる
- 不倫相手の自宅に住んでいるまたは半同棲状態である
- 正当な理由なく夫婦での同居を拒否される
- 正当な理由なく相手に家を出るよう仕向ける
- 義家族と折り合いがつかず自分の実家に戻ってしまう
- 突然行方をくらます など
協力義務を怠っているケース
- 専業主婦(主夫)にもかかわらず家事を放棄する
- 共働きにもかかわらず家事を一切やらない
- 健康なのに働かないもしくは働く意思がない など
扶助義務を怠っているケース
- 相手に収入がないことを知っているのに生活費を入れない
- 単身赴任を機に生活費を入れなくなった
- 別居後に生活費を入れなくなった など
夫婦のどちらかによる勝手な判断によって上記の行動をとった場合は、悪意の遺棄とみなされる可能性があります。
なお、ここでいう「正当な理由」とは、仕事上やむを得ず別居している、出産や子育てのために実家に戻る、就職活動をしているが仕事が決まらず働けないことなどが該当します。
悪意の遺棄に該当しない具体的なケース
同居・協力・扶助義務を怠っていても、「正当な理由がある」もしくは「夫婦で合意済み」の場合は該当しません。
具体的には以下のとおりです。
同居義務の放棄にならないケース
- 仕事上やむを得ない単身赴任での別居
- 再構築や冷却期間を目的とした別居
- 出産や育児を目的とした別居
- 療養や介護が理由での別居
- 正当な理由があり同居を拒否すること
- 正当な理由があって家を追い出された場合の別居
- 夫婦で合意した上での別居
- 相手の不倫や暴言などに耐えられなくなった場合の別居
- 夫婦関係が破綻した状態での別居 など
協力義務の放棄にならないケース
- 無職だが働く意思はあり就職活動もしている
- 病気により家事ができない など
扶助義務の放棄にならないケース
- 正当な理由があり生活費を入れない など
別居や生活費を入れない事実があっても、「正当な理由」や「夫婦間での合意」があれば、法的には問題ありません。
悪意の遺棄を裁判で証明するために必要な3つのこと
悪意の遺棄を理由に離婚するには3つのことを証明しなければなりませんが、具体的にどんなことが挙げられるのでしょうか。
同居・協力・扶助義務を放棄していたこと
一つ目は、民法第752条で定められている「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。」を放棄していた事実です。
あらかじめ、証明できるものを用意しておきましょう。
例えば、生活費を入れてもらえないことを証明する場合、振込がなくなったとわかる通帳の入金記録が良いかもしれません。
正当な理由がなく始まったこと
同居・協力・扶助義務を放棄した理由が、正当ではないことを証明する必要があります。
例えば、専業主婦(主夫)にもかかわらず、「やりたくない」という理由だけで家事を一切しなくなることが挙げられます。
このような場合、家事をしなくなった状況を、細かく記録に残しておくことをおすすめします。
また家事がされていない状況を、写真に収めておくのも良いかもしれません。
夫婦の合意がなく始まったこと
同居・協力・扶助義務を放棄した事実が、夫婦で合意していなかったことを証明する必要があります。
例えば、相手が勝手に別居してしまった場合、引越先の賃貸契約書や資料があると良いでしょう。
さらに別居の状況や原因が分かれば、記録に残しておくことで夫婦の合意が無かったことを証明できるかもしれません。
過去に認められた「悪意の遺棄」判決事例
次に、実際に裁判で悪意の遺棄が認められて離婚した場合の判例をご紹介します。
突然生まれたばかりの子供と妻を置いて家を出た(平成21年4月)
結婚して子供が生まれるまでの間、妻から献身的に支えられていました。
しかし身体的に障害を持つ子供が産まれた直後に夫は失踪し、離婚成立までの34年間、家に戻りませんでした。
結果、以下の点が悪意の遺棄とみなされました。
- 34年間も家に戻らなかった
- 勝手に離婚調停を申し立てた
- 養育費の支払いを勝手に止めた
- 障害のある子どもを育てるのに妻が大変苦労した
- 夫婦関係の修復を図ろうとしなかった
- 婚姻期間が40年になっていた
この判決で、慰謝料300万円の支払いが、夫に命じられることになりました。
身体障害者となった妻を置き去りにした(昭和60年11月)
結婚25周年を迎えたときに、半身不随の障害者となった妻を置いて夫が家出しました。
以後5年間、一度も生活費を送金していなかったことが悪意の遺棄と判断され、慰謝料を支払うことになりました。
以下の点も悪意の遺棄とみなされました。
- 妻が障害者認定を受けていた
- 体が不自由で働けないため賃料を親族から借りていた事実
- 過去の夫の不貞行為
- 夫が技能検定員の資格を所有しているため生活が安定していること
この判決では、慰謝料・財産分与として、婚姻中に購入した土地や建物の所有権移転が命じられました。
悪意の遺棄で離婚する際に慰謝料を請求するには?
相手に悪意の遺棄を認めさせ、離婚時に慰謝料を請求するにはどうすれば良いのでしょうか。
慰謝料を請求するために知っておきたいポイントをまとめました。
慰謝料の相場
まず、悪意の遺棄を理由に慰謝料請求しても、裁判で認められない場合があることを認識しておきましょう。
なぜなら、悪意の遺棄を立証するのは非常に困難なためです。
もし悪意の遺棄が認められた場合、慰謝料は100万円を一応の基準としたうえで、そこから同居・協力・扶助義務の放棄状況を考慮して請求額の増減を行い、正式な慰謝料請求額が決まるのです。
ちなみに、慰謝料の相場は50~300万円と言われています。
請求に必要な証拠
具体的には以下のものを用意できると裁判を有利に進められるでしょう。
- 生活費が振り込まれなくなったとわかる通帳の入金記録
- 夫婦関係を破綻させる意思があったと記載された相手からの手紙やメール
- 相手が別のところに住んでいることがわかる資料、契約書など
- 別居の原因や時期が特定できる記録
別居先の情報がわからない、生活費は今まで手渡しだった為、自分で用意できる証拠が少ない場合は、離婚専門の弁護士に相談するのがおすすめです。
慰謝料を増額させるポイント
原則、婚姻年数が長いほど慰謝料が高額になる傾向があるようです。
他には、どの程度追い詰められていたか、事実証明ができるかもポイントになるでしょう。
相手の落ち度となる証拠をできる限り多く集めることが大切です。
まとめ
悪意の遺棄で離婚する際は、相手が同居・協力・扶助義務を放棄したという事実が必要です。
さらに、「夫婦の合意なく始まった」ことや、「正当な理由がなかった」ことも証明しなければなりません。
しかし、相手が悪意をもって夫婦関係の破綻行為に及んだことが証明できれば、裁判で有利になります。
今一度、自分の状況を冷静に見つめなおすことから始めてみると良いかもしれません。