トラック運転手が知っておくべき残業代の基本|残業代の計算・請求方法を解説
トラック運転手の過酷な長時間労働はたびたびニュースにもなっています。
超過労働が発生しているにもかかわらず、会社から以下のように主張され、残業代を支払ってもらえない労働者もいるでしょう。
- トラック運転手はみなし労働時間制だから、残業代は発生しない
- 請負契約なのだから、残業代の支払い義務はない
- 待機時間(荷待ち時間)は休憩時間に含む
このように会社側が主張しても、実際には残業代の支払い義務が発生している可能性も十分にあります。
正しい知識を身につければ、会社側の間違いを指摘して残業代を支払うよう請求できるでしょう。
この記事では、トラック運転手の残業代にフォーカスし、知っておくべき5つの基本事項や、残業代の請求方法について解説します。
また、基本的な残業代の計算方法についてもわかりやすくお伝えしますので、参考にしてみてください。
トラック運転手が知っておくべき残業代の基本5選
トラック運転手は、道路の渋滞や相手先での荷待ちなどによって、業務終了時刻の予測がつかず、長時間の残業が発生しがちです。
なかには長時間残業が発生することを見越して、使用者側に都合の良い就業規則や給与体系を作成し、残業代の支払いを免れようとする企業もあるかもしれません。
正当な残業代を請求するためにも、まずは正しい知識を身につけておきましょう。
歩合制でも残業代は支払われる
「歩合制」とは、成果物や業績などの出来高によって報酬が支払われる給与体系です。
まれに「歩合制だから残業代は支払う必要がない」という会社もありますが、たとえ歩合制でも、時間外労働や深夜労働、休日労働をすれば残業代は発生します。
なかには、もともとの歩合給に割増賃金代が含まれているから、これ以上残業代は支払わないと主張する会社もあるでしょう。
残業代を歩合給に含む給与体系自体は、違法ではありません。
しかし、そのような給与体系には以下のような条件があります。
- 残業代等の割増賃金を通常賃金と明確に区別していること
- ①を就業規則や賃金明細などに記載し、労働者に周知していること
- あらかじめ支払われた残業代を超えて労働したときは、差額が支払われること
給与明細上で歩合給と残業代に明確な区別がなく、労働者にその給与体系が周知されていなければ、残業代を請求できる可能性はあります。
荷待ち時間も労働時間に含まれる
トラック運転手には、荷主の都合で積み下ろしを待機している時間が発生します。
これを「荷待ち時間」といい、トラック運転手の労働時間を長くする要因にもなっています。
なかには、荷待ち時間は休憩時間であり、労働時間には含まれないと説明する事業主もいるでしょう。
しかし、労働基準法上の「休憩時間」は、業務から完全に切り離されていなければなりません。
荷待ち時間はトラック運転手自身ではコントロールできません。
また、車内で待機することが求められたり、何かあったらすぐに車に戻らなければならなかったりするでしょう。
業務から完全に切り離された時間でなければ、「休憩時間」には該当しません。
その場合は、トラック運転手は事業主に対し、荷待ち時間に対する適切な残業代を請求できます。
みなし残業制でも一定時間を超えれば請求可能
みなし残業制とは、いわゆる固定残業制のことをいいます。
つまり、あらかじめ一定時間の残業手当が基本給とは別に支給されているということです。
この場合、実際に残業が発生しなくても残業手当は支給されます。
ただし、残業があらかじめ定められた時間を超えて発生した場合には、事業主は別途時間外労働分の残業代を支払わなければなりません。
<みなし残業代の条件>
- 残業代等の割増賃金を通常賃金と明確に区別していること
- ①を就業規則や賃金明細などに記載し、労働者に周知していること
- あらかじめ支払われた残業代を超えて労働したときは、差額が支払われること
みなし労働時間制でも残業代が発生することも
みなし労働時間制とは、労働者が業務の全部または一部を事業所外でおこなうため、事業主の指揮命令権が及ばず、労働時間の管理が困難な場合に適用されます。
この場合、あらかじめ特定の時間労働したものとみなすと規定しておけば、事業主は労働者の労働時間算定義務を免れます(労働基準法第38条の2)。
そして、このみなし労働制を理由に、事業主から残業代の支払いを拒否されるかもしれません。
ただし、トラック運転手の業務は、そもそもみなし労働時間制の適用対象外となる可能性があります。
以下のような場合には、みなし労働時間制の適用対象外となります。
- 何人かのグループで事業場外労働に従事する場合で、そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合
- 無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら事業場外で労働している場合
- 事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けた後、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後、事業場に戻る場合
引用:東京労働局・労働基準監督署 :「事業場買い労働に関するみなし労働時間制」の適正な運用のために
このような条件に自分の業務が当てはまっていれば、みなし労働時間制が適用されず、残業代が発生する可能性があります。
請負契約でも実態は雇用契約の場合
形式上「請負契約」を締結していた場合でも、事業主の指揮監督下で労働している場合には実態は「雇用契約」です。
雇用契約であれば、事業主は発生した残業代を支払わなければなりません。
自己所有のトラックで製品の輸送業務に従事している運転手の場合、事業主と雇用契約ではなく請負契約を締結していることがあります。
請負契約であれば、トラック運転手は会社の従業員とはみなされないため、事業主側は残業代等の支払いを拒否できるのです。
ただし、形式上請負契約を締結していたとしても、以下のような条件下にあれば、実態は雇用契約だといえます。
- 仕事の依頼や業務従事の指示を断ることができない
- 発注者と受注者に指揮監督関係が発生している
- 発注者が受注者の就業場所管理、勤務時間管理をしている
- 他の会社の仕事を禁止されている
トラック運転手の残業の実態
国土交通省が行った調査によると、トラック運送業の労働時間は全職業の平均より約2割長いという結果が出ています。
それにもかかわらず、年間賃金は全産業平均より1~2割低いのです。また、人手不足の割合は、全職業平均より約2倍高いこともわかりました。
トラックドライバーの長時間労働の原因の一つは、積み下ろし場所での長時間の荷待ち時間と荷役時間です。
一運行あたりの荷待ち時間は1時間から2時間が32.4%と最も多く、3時間以上との回答も9.8%ありました。
この調査では、トラックドライバーの荷待ち時間の有無について、荷主とドライバーとの間で大きなギャップがあることも示されています。
トラック運転手の残業代計算方法
ここまでで、自分も残業代の請求ができるかもしれないとわかった方に対し、以下では残業代の計算方法を紹介します。
ただし、実際の計算方法は、さまざまな要素が絡んで複雑になります。
以下の計算方法はあくまでも目安とし、個別具体的な算定は弁護士に相談しましょう。
固定給のみの場合
まず、1時間当たりの賃金単価を計算します。
月給制の場合:基礎賃金÷月の所定労働時間=賃金単価/1h
ここで求められた数が、労働時間内の時給の金額となります。
仮に、1日の所定労働時間が8時間だとすると、それを超えて働いた時間には、以下のような割増率が加算されます。
- 残業時間帯 割増率
- 時間外(定時~21:59まで)労働が月60時間までの部分 25%
- 時間外(定時~21:49まで)労働が月60時間を超えた部分(※注) 50%
- 深夜労働(22:00~翌5:00まで) 25%
- 時間外労働が月60時間までの部分かつ深夜労働(22:00~翌5:00まで) 50%
- 時間外労働が月60時間を超えた部分かつ深夜労働(22:00~翌5:00まで) 75%
- 法定休日労働 35%
- 法定休日労働かつ深夜労働
- 60%
- (※注)2023年4月1日から、月60時間超の残業割増賃金率は、大企業、中小企業ともに50%になりました(中小企業の割増賃金率が引き上げられました)。
<計算例>
固定給20万円、月の所定労働時間が160時間、総労働時間220時間(時間外60時間)の場合20万円÷160=1,250円①賃金単価
1,250円×60時間×1.25=9万3,750円
このケースでは、固定給20万円以外に、残業代として9万3,750円が発生していることになります。
固定給と歩合給がある場合
固定給と歩合給が両方適用されている場合には、それぞれの部分を分けて時給換算する必要があります。
<計算例>
固定給20万円、歩合給11万円、月の出勤日数が20日、月の総労働時間が220時間(時間外60時間)だった場合
固定給部分:(固定給÷月の所定労働時間)×残業時間×割増率
20万円÷160時間=1,250円
1,250円×60時間×1.25=93,750円…残業代①歩合給部分(歩合給÷月の総労働時間)×残業時間×割増部分
(11万円÷220時間)×60時間×0.25=7,500円…残業代②
歩合給の計算では、割増部分(0.25)のみが支払われることに注意が必要です。
このケースでは、1ヵ月の残業代は固定給部分と歩合給部分の合計、101,250円となります。
トラック運転手が残業代を請求する際には証拠が重要!
トラック運転手が残業代を請求する際には、残業が発生したことや、いくら分の未払いがあることを、請求する側が証明しなければなりません。
以下のような書類を残業代の証拠としてしっかり取っておくといいでしょう。
- タコメーター
- タイムカード
- 業務日誌
- 車載カメラ
- 雇用契約書
- 就業規則
- 給与明細書 など
残業代の証拠について未払い残業代を企業に請求する手順と必要な証拠とは?をご覧ください。
トラック運転手が残業代を請求する方法
証拠を集めたら、実際に残業代を請求する段階に移ります。
まずは会社との話し合いから始め、そこで解決が難しければ労働審判、訴訟提起という法的手続きに移行していきます。
まずは内容証明郵便
まずは、書面で会社に残業代を請求しましょう。
ただし、普通郵便で送ると、「届いていない」と言い訳される可能性もあります。
そのため、通常残業代の請求は、内容証明郵便にて通知します。
内容証明郵便とは、郵便局が相手側に送付した内容と送付した事実、送付の日時を客観的に記録してくれる制度です。
内容証明郵便で送付しておけば、万が一話し合いで解決できずに訴訟になった際にも、請求したことの証拠にもなります。
また、残業代の請求には、残業代が発生したときから3年という時効があります。
内容証明郵便を送付することは「催告」(民法第150条)にあたり、6ケ月間時効の完成をストップさせるという効果もあります。
催告した後、6ケ月以内に訴訟等を提起する必要はありますが、内容証明郵便送付後、会社と支払い交渉する期間や、訴訟提起のための準備期間として有効に活用することができます。
会社との任意交渉
会社が内容証明郵便を受け取ったら、まずは任意で支払いの交渉をしましょう。
そこでうまく話し合いがまとまれば、和解書を作成し、支払いを受けるという流れです。
しかし、相手が支払いを拒否することや、会社の顧問弁護士などが交渉の場に出てくることも十分に考えられます。
会社との直接交渉の前には、一度弁護士などに相談しておくとよいでしょう。
労働審判の申し立て
話し合いで解決ができなかった場合、「労働審判」の申し立てをおこないます。
労働審判とは、裁判所を交えての労使の話し合いです。
審理は原則3回で、労働審判によって解決策が提示されます。
両者に異議がなければ確定しますが、どちらかから異議が出れば、通常訴訟に移行します。
労働審判については労働審判で未払いの残業代を取り戻す方法|手続きの流れやかかる費用を解説をご覧ください。
訴訟
通常訴訟になると、労働者側、会社側がそれぞれ原告と被告として対立し、主張や反論をおこないます。
訴訟では、途中で和解することも可能ですが、まとまらなければ最終的に判断を下すのは裁判所です。
一概にはいえませんが、裁判になれば、解決まで1年程度はかかると覚悟しておいた方がいいでしょう。
残業時間の立証責任は通常労働者側にあります。
しかし訴訟では、裁判所から会社側に対してタイムカードなどの記録を開示するよう命じられる可能性があるため、証拠集めができない方でも諦める必要はありません。
労働裁判では、書面での主張や証拠の提出、論点の検証など、専門的な知識が必要になるため、労働関係に強い弁護士に依頼することをおすすめします。
トラック運転手が残業代を請求する際の3つの相談場所
トラック運転手が残業代を請求したいと思ったときには、以下の3つの相談場所があります。
労働基準監督署
費用をかけずに残業代を請求したいなら、まずは会社の所在地を管轄する労働基準監督署に相談してみましょう。
労働基準監督署が会社を調査し、改善の必要があれば指導や是正勧告をしてくれます。
労働基準監督署には守秘義務があるため、相談者の身元が会社側にバレる心配はありません。
ただし、会社の規模が小さければ、誰が相談したのかわかってしまう可能性がないとはいえません。
労働組合
比較的大きな会社で、労働組合がある場合には、組合から労使交渉をおこない、残業代の支払いを請求することも可能でしょう。
従業員同士が団結して交渉すれば、違法状態にある勤務体制や給与制度を変更できるかもしれません。
ただし、従業員全員に対して、過去に発生した残業代を全額会社に支払わせることは難しいかもしれません。
弁護士
弁護士への相談は、最も有効な解決手段の一つでしょう。
弁護士であれば、任意の交渉から最悪訴訟に発展しても、最後まで安心して任せられます。
早期に相談を始めれば、証拠集めなどのアドバイスももらえるでしょう。
また、時効になっていない限り、過去の残業代も請求できます。
無料法律相談を実施している事務所もありますので、一度労働問題に詳しい弁護士に相談してみましょう。
まとめ
トラック運転手は、道路の渋滞や荷主側の都合でなどにより、拘束時間が長くなりがちです。
それにも関わらず、会社側から間違った対応を受け、残業代を支払ってもらえない方も多いでしょう。
記事を読んで自分にも残業代が発生しているかもしれないと思ったら、一度弁護士などの専門家に相談してみましょう。
証拠集めや記録の残し方などのアドバイスをもらえるため、最後まで安心して事件を任せられます。
残業代の支払いは使用者側の義務です。
直接交渉するのが難しければ、ぜひ弁護士に相談してみてください。