残業強制はパワハラにあたる?|企業による残業の要件を解説
職場におけるパワハラといえば、身体的な暴力やいやがらせなどをイメージする方が多いのではないでしょうか。
しかし、上司から部下に対する過度な残業強制もパワハラの典型例です。
そもそも、会社が従業員に残業を命じるにはさまざまな要件があり、それを満たしていない場合には罰則が科せられることもあります。
本記事では、企業と労働者が締結する36協定や残業命令の適法・違法について詳しく解説しています。
残業を命じることがある立場の方や、長時間残業に悩んでいる方の双方にとって有益な情報を提供しています。
パワハラに該当する可能性のある上司の強制的な主な残業例
過度な長時間労働は、集中力の低下や仕事の効率を下げるなどの問題以外に、社員の心身を疲弊させる原因となります。
上司が部下に対し、長時間労働やサービス残業を強要することは、立場を利用した過大な要求にあたりパワハラに該当する場合があります。
以下では、パワハラとしての残業に該当する可能性のある行為について紹介します。
精神的・身体的苦痛を与える量の残業
長時間労働は、うつ病などの精神障害や脳・心臓疾患などの身体障害を引き起こす可能性が高く、過労死や過労自殺の原因となる場合があります。
また、自分の意志ではなく、上司から長時間労働を強要されている場合には、被害者の心理的負担がさらに大きくなるケースがあります。
業務上必要のない残業をさせる
緊急性のない雑用をさせる、上司の私的な雑用を強要するなどの行為は業務上必要のない残業です。
必要がない残業を強いることは、部下の時間を尊重しない不公正な行為とみなされます。
終わらない量の仕事をさせる
一人の社員に、一日でこなせる量を超えた仕事を割り当て、そのために残業が必要となる状況を作り出すことは、「過大な要求」としてパワハラに該当する場合があります。
能力や状況に見合わない仕事を押し付ける行為はパワハラの典型的な例のひとつです。
定時間近に大量の仕事を頼む
上司が部下に対し、定時終了間際に大量の仕事を依頼することも、パワハラに該当する可能性があります。
業務終了時間が迫る中で仕事を頼むことで、従業員が時間を適切に管理できない状況を作り出します。
予定外の残業を強いられた結果、私生活や健康を犠牲にせざるを得ない場合があります。
こういったことが続くと、モチベーションの低下や職場でのストレスの増大を引き起こす可能性があります。
そもそも企業が従業員に残業を命じるための要件
会社が従業員に残業を命じるためには、いくつかの要件を満たさねばなりません。
これらの要件は労働基準法に基づいており、従業員の労働時間の保護と健康の確保を目的としています。
ここでは、会社が従業員に残業を命じるための要件について解説します。
36協定の締結・労働基準監督署への届け出
「36(サブロク)協定」とは、労働基準法第36条に基づく協定の通称です。
この協定では、時間外労働をおこなう業務の種類や範囲、1日、1ヵ月、1年あたりの時間外労働時間の上限を定めます。
36協定は締結するだけではなく、その内容を所轄の労働基準監督署に届け、毎年更新する必要があります。
労働契約と就業規則の周知・整備
36協定を締結していたとしても、労働契約書や就業規則に残業についての規定がなければ、企業は従業員に対し残業の強制はできません。
労働契約書や就業規則の中で、36協定の範囲内で残業(労働時間の延長)を命じる場合がある旨や残業上限時間などを定める必要があります。
さらに重要なことは、労働契約書が従業員に交付されているか、あるいは就業規則が従業員に周知されていることです。
労働契約書や就業規則は、従業員に交付または周知され、自由に閲覧できる状態でなくてはなりません。
会社側が従業員に対し、残業を命じるためには36協定の締結と、労働契約の交付、就業規則及び36協定の周知が必須となります。
企業において違法な残業になる場合
上述のとおり、要件を満たした環境下で会社が従業員に残業を命じることは適法となり、問題視されません。
しかし、これらが守られていない場合は違法な残業にあたります。
会社からの残業命令が適法か否かを判断する際には以下の項目を確認してください。
そもそも 36協定が締結されていない
前提として、「36協定」の締結がない場合には、その企業の残業指示は違法です。
36協定は労働基準法に基づくもので、企業と労働組合、または労働者の過半数を代表する者との間で締結するものです。
この協定が締結されていなければ、企業は労働者に残業を強制できません。
36協定での残業規定の上限を超えている
36協定には、従業員に対して適正な労働環境を提供することが求められています。
そのため、企業は労働法に則り、労働時間を制限し、従業員が過剰な労働を強いられないようにしなければなりません。
そのため、36協定の残業規定の上限を超えての残業命令は違法にあたります。
労働契約や就業規則に残業の記載がない
労働契約書や就業規則に時間外労働についての規定がない場合も、残業指示は違法となります。
これは、労働者が明確に残業の可能性とその条件を理解して労働に従事することを確保するための重要な要件です。
残業代が支払われていない
法定労働時間を超えて業務に従事させる場合は、企業は従業員に対し残業代を支払わなくてはなりません。
残業代の不払いは違法であり、会社は「6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金」が科せられる可能性があります(労働基準法第119条1号)。
残業代が支払われないいわゆる「サービス残業」は違法であり、違法性のある残業命令には従う必要がないことを覚えておきましょう。
企業はこれらの点を厳守し、労働者の権利と健康を保護する責任があります。
また、労働者も自分の権利を理解し、必要な場合には適切な行動を取ることが重要です。
サービス残業の対処はサービス残業の強要は違法!悪質な手口とその対策法を解説をご覧ください。
労働基準法の改正による「月45時間・年360時間」の残業上限変更
2018年に労働者の長時間労働の是正と労働者の健康保護を目的に労働基準法が改正されました。
長時間労働は、過労死や過労自殺などの健康障害を引き起こす可能性が高いため、残業時間の上限規制や割増賃金率の引き上げによって、長時間労働を抑制するのが目的です。
改正により、残業時間の上限は「月45時間・年360時間」と上限が定められ、一定の例外的な状況下でも、残業時間が年720時間以内であること、残業時間と休日労働の合計が月100時間未満であることなどの制限が設けられました。
これにより、上限をこえた時間の残業を従業員に強いた場合、6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科されるほか(労働基準法第119条1号)、厚生労働省のホームページで企業名を公開されるという罰則も設けられています。
【参考】働き方改革関連法案のあらまし | e-Gov 法令検索
突然のパワハラに近い残業から身を守る方法
ここまで述べてきたとおり、要件を満たしていれば企業は従業員に対し、残業を命じることができます。
しかし、36協定の上限時間内であっても、突然に残業を命じられて応じられない場合もあるでしょう。
しかし、正当な理由がある場合には、突然の残業を拒否することができます。
残業を拒否する正当な理由に該当するものとして、「体調不調」「妊娠や出産」「育児や介護」があげられます。
具体的な事例を見ていきましょう。
病気・怪我を含む体調不良を理由にする
体調不良は、残業の強要を拒否できる正当な理由です。
病気や怪我はもちろん、疲労やストレスからくる精神的な不調も体調不良に含まれます。
上司に自身の状態を話して、理解を得るようにしましょう。
長期間にわたり残業ができない状態が続く場合や、仮病を疑われた場合には、診断書を提出することをおすすめします。
妊娠中、出産から1年以内などの妊産婦を理由にする
妊娠中や出産から1年以内の女性は、労働基準法により「妊産婦」に指定されます。
この期間中は、労働基準法第66条にある「1日8時間、週40時間」の上限をこえて労働させることはできません。
さらに、同じ条文には妊産婦が残業を拒否した場合に強要することができないと定められています。
妊娠中を含め出産後も、むりのない働き方ができるように会社へ配慮を求めましょう。
介護や育児を理由にする
介護や育児も、残業の強要を拒否できる正当な理由にあたります。
家族に要介護者がいる場合には、育児介護休業法第18条によって1ヶ月24時間、1年150時間を超える残業の拒否が可能です。
また、3歳未満の子どもの育児のためであれば、育児介護休業法第16条の8第1項に基づき残業を断れます。
3歳以上の子どもであっても小学校就学前であれば、1ヶ月24時間、1年150時間を超える残業は拒否できると育児介護休業法第17条に定められています。
直属の上司がこれらの法律を知らない場合もあるので、残業を強要された場合には人事部に相談しましょう。
【参考】育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律 | e-Gov 法令検索
残業の強制を拒否して懲戒解雇処分を受ける可能性も考慮に入れるべき
度重なる残業の強制は、自分自身の健康やプライベートの時間を守るために断りたいと思うのは自然なことです。
しかし、正当な理由がなく残業を拒否した場合は、会社の規定に基づいた処分が適用される場合があります。
大多数の企業では、36協定を締結しています。
その既定の範囲内の残業であれば、従業員が正当な理由なしに残業を拒否することはできません。
正当な理由がないのに、残業を拒否し続ける従業員に対しては、懲戒解雇処分や減給、降格処分などの厳しい措置がくだされる可能性があります。
これは、不当な処分ではなく、残業に応じている従業員に対する配慮でもあります。
また、明確な処分がなくても、「次期以降の評価が下がる」というように給与に影響が及ぶ恐れもあります。
残業について不満がある場合は、自分や周りの状況をよく観察したうえでどう行動すべきか決断することが重要です。
会社の残業指示が不当(違法)である場合は専門家に相談
残業を拒否できない状況で強要される残業はパワハラの疑いもあります。
また、サービス残業の強要は違法です。
36協定や就業規則などを確認して残業に違法性が疑われる場合には、労働トラブルに強い弁護士や労働基準監督署への相談も検討してください。
ここでは、残業指示が不当である場合の相談先や対処法について解説します。
労働基準監督署へのメール相談は労働基準監督署にメール相談は効果的?|相談方法について解説をご覧ください。
労働トラブルに強く法的立場からアドバイスがある弁護士に相談する
残業の強要が違法である可能性が高い場合には、労働トラブルに強い弁護士に早めに相談することをおすすめします。
たとえば、サービス残業を強要されていた場合には、未払い残業代を正確に計算し、会社と交渉をおこなって未払い残業代を回収することも可能です。
労働トラブルに強い弁護士は、依頼人の権利を守るために法的なサポートをおこないます。
さらに、会社との交渉も代理人としておこなってくれます。
長時間残業やサービス残業などの労働トラブルに直面している場合は、弁護士に相談をしてください。
現在の職場に見切りをつけて転職をする
残業が多く、その負担が健康に影響を及ぼしている場合、転職を検討することもひとつの方法です。
働き方には選択肢があり、自分の生活に合った環境を見つけることが大切です。
転職は大きな決断ではありますが、健康を維持し、働き続けることが最優先であることを忘れてはいけません。
労働基準監督署への相談は「動き」が鈍いため相談はしづらい
長時間の残業やサービス残業の問題は労働基準監督署へ相談できます。
労働基準監督署は労働基準法違反の疑いがある企業に対して立ち入り調査をおこない、必要に応じて指導や是正勧告をおこないます。
違法な残業の強要を解消するためには効果的ですが、必ずしも速やかに対応してもらえるとは限りません。
残業の強要を証明するには、相談者がその証拠を集めなければならないからです。
また、調査が開始され指導が入るまでに時間がかかる場合があります。
解決までに時間がかかることを考慮し、弁護士などほかの解決方法も検討することをおすすめします。
パワハラかなという残業指示には弁護士に相談し就業環境の改善を
長時間労働やサービス残業は、それだけでも違法にあたる可能性があります。
それに加え、職場での立場を利用して残業を強要することはパワハラが疑われます。
違法性が高い残業指示に対しては、36協定や労働契約と就業規則を確認することが重要です。
また、妊娠中である場合、介護や育児をしている場合など、残業を断ることができる正当な理由があるにもかかわらず、残業を強制される場合もパワハラの可能性が高くなります。
こうした、長時間残業問題は労働基準監督署に相談する手段もありますが、解決までに時間がかかることがほとんどです。
会社や上司からの残業指示に対し「パワハラかな?」との疑いがある場合には、労働トラブルやパワハラ問題の解決実績のある弁護士に相談し、早期に就業環境を改善するよう取り組むことが大切です。
また労働局への相談はパワハラは労働局に相談できる?労働局の活用方法やその他の解決方法も紹介をご覧ください。