役職手当に残業代は含まれる?「名ばかり管理職」の判断基準や未払い残業代計算方法
会社に長く勤務されることで、課長、部長、支店長といった形で昇進されることは多いと思います。
課長、部長などの役職がつくと、基本給に「役職手当」が上乗せされることも多いです。
しかし役職手当が支給される一方で残業代は支払われなくなり、以前より手取り収入が減ってしまった方も多いでしょう。
役職手当が支給された場合、残業代が発生しないことにはなりません。
本記事では、残業代が支給されない「管理職」について解説します。
「管理職」の方はご確認いただければと思います。
また、「管理職」であっても残業代が支払われる方を対象として、残業代の計算方法を解説しますので、参考にしてください。
役職手当が支給されても残業代は発生することが多い
役職手当が支給されたら、残業代が発生しなくなるわけではありません。
役職手当が支給される従業員でも、管理監督者の地位にある従業員を除いて、残業代は発生します。
以下、具体的に詳しく解説します。
役職手当とは
役職手当とは、一般社員をまとめる役割や権限、責任を与えられた社員に対し、その責任に応じて給与に加算される手当です。
役職手当が支給される役職の例として、以下の肩書が挙げられます。
- 課長
- 部長
- 支店長
- 店長
- マネージャー
- チーフ
- 工場長
「役職手当」は法律用語ではありません。
会社によって「役職」の呼び方やカテゴリーの仕方は異なっていて、一般的なルールは決まっていません。
役職に就いた従業員は残業代をもらえないイメージがあるのは、労働基準法41条で、以下のように定められた文言が原因と思われます。
(労働時間等に関する規定の適用除外)
第四十一条 この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
中略
二 事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
引用元:労働基準法 | e-gov法令検索
労働基準法では、「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者」は、時間外労働による割増賃金の支払い対象外とする、ということが定められているのみです。
役職手当を支給される管理者全員が、必ずこの定義にあてはまるものではないことは、一般の事業会社にお勤めの方はご存知かと思います(詳細は後述の説明をご覧ください)。
役職手当を支給される従業員であっても、残業代を受け取ることは可能です。
残業代とは
残業代とは、就業規則や雇用契約で決められた就業時間(所定労働時間)を超えて勤務した場合に支払われる賃金のことです。
労働基準法に基づく法定労働時間を超えて勤務した場合や、深夜・休日に勤務した場合には、割増賃金としての残業代が支払われます。
法定労働時間とは、労働基準法で「ここまでなら労働者に勤務をさせてよい」とする労働時間の上限です。
具体的には、休憩時間を除いて1日8時間、1週間で40時間までが法定労働時間となります。(所定労働時間を超えて勤務しても、法定労働時間内であれば賃金が割増しになるわけではありません。)
役職手当をもらっても残業代を請求できるケース
役職手当と残業代の両方を受け取れるケースは少なくありません。
以下、実際にどのようなケースで役職手当・残業代の両方を請求できるか、確認しましょう。
「管理監督者」の地位にない場合
労働基準法で定義された「管理監督者」の地位になければ、役職手当と残業代の両方を請求できます。
厚生労働省では、「管理監督者」の定義について以下のように説明しています。
・労働時間、休憩、休日等に関する規制の枠を超えて活動せざるを得ない重要な職務内容を有していること
・労働時間、休憩、休日等に関する規制の枠を超えて活動せざるを得ない重要な責任と権限を有していること
・現実の勤務態様も、労働時間等の規制になじまないようなものであること
・賃金等について、その地位にふさわしい待遇がなされていること
引用元:労働基準法における管理監督者の範囲の適正化のために|厚生労働省
「管理監督者」に該当するか否かは、肩書や職位だけでなく、勤務実態も踏まえて判断されます。
肩書がどのような内容であっても、勤務実態からみて管理監督者に該当しなければ、この従業員は会社に残業代を請求できます。
「管理監督者」でも「深夜手当」は請求可能
管理監督者であっても深夜勤務した場合、会社には「深夜手当」の支払いが義務付けられています。
「深夜手当」とは深夜(午後10時から午前5時まで)に勤務した場合に支払われる割増賃金です。
管理監督者でも深夜まで仕事をしている場合、会社は、この管理監督者に対し、割増賃金を支払わなければなりません。
残業代が支払われない「名ばかり管理職」に注意
近年、残業代を支払ってもらえない「名ばかり管理職」が問題となっています。
役職がついたあとより残業代が支払われなくなった方は、「名ばかり管理職」に該当するかもしれません。
本項では、「名ばかり管理職」の問題を詳しくみていきましょう。
「名ばかり管理職問題」とは
「名ばかり管理職問題」とは、職務の裁量権が与えられていないなど管理監督者といえないのに、名目上、管理職の肩書を与えられたことで残業代が支給されないという問題です。
有名な事例として、以下があげられます。
【事例1】日本マクドナルド事件(東京地判平成20年1月28日判決)
マクドナルドの店長として、アルバイト従業員の採用や勤務シフトの決定等の労務管理、店舗管理をおこなう立場にあるなど、自分で勤務スケジュールを決定できる立場にあった原告Aが、「管理監督者」に当たらないことを主張し、会社側に今までの残業代を支払うよう、請求した事例です。
【判決】
Aは、店長という立場にあるが、以下の理由によって会社側の管理監督者にあたらないとして、会社側に未払いの残業代を支払うよう示した。
- 営業時間や商品の種類、価格など、各店舗は本社の方針に従わなければならない状態であったが、各店舗の店長は、会社側の経営方針に関与する体制は整えられておらず、経営方針に意見すら出せない状況であったこと
- 交代勤務のシフトが組まれていても、月の労働時間が100時間を超過するなど、店長の長時間労働が常態化していたこと
- 店長の下位職である副店長職、店員職と比べても、店長の収入等が十分な待遇とはいえないこと
日本マクドナルド事件がきっかけとなり、厚生労働省は小売業や飲食業の店舗に対し、管理監督者の取り扱いに関する通達を出しています。
【参考元】他店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について
「名ばかり管理職」の判断基準
自分が「名ばかり管理職」に当てはまるか否かは、以下の基準をもとに、勤務の実態によって個別に判断されます。
- 職務内容
- 労働時間の裁量
- 会社に対する責任と権限
- 賃金 など
たとえば、ほかの労働者と変わらない業態で働いている場合や、労働時間を自分で決められる立場にないにもかかわらず、管理職であることを理由に残業代が支払われないケースが、いわゆる「名ばかり管理職」に該当します。
ご自身が「名ばかり管理職」に該当すると思われる場合には、本来支給されるべき未払いの残業代請求を検討しましょう。
会社に残業代を請求するポイント
自分が実際に「管理監督者」には該当しないと思われる場合、会社に対し、本来支払われるべき残業代を請求できます。
ただし会社は、もしこの要求を認めた場合、ほかの従業員に対しても残業代を支払わなければならなくなる可能性が生じるので、簡単に応じてくれない場合も有ります。
会社に残業代を正しく支払ってもらうため、以下の事項をしっかり準備してから会社との交渉に臨みましょう。
残業の証拠を集める
会社に残業代を請求するためには、残業をしたことの証拠が必要です。
まずは残業の証拠を集めましょう。証拠の例としては、以下のものが挙げられます。
- タイムカード
- 仕事上のメールを送った時間
- 上司からの業務指示
- 日報
このような証拠をもとに、自分がどの程度残業していたのか、具体的に証明することになります。
未払い残業代の証拠について未払い残業代を企業に請求する手順と必要な証拠とは?をご覧ください。
就業規則や雇用契約書を確認する
就業規則、雇用契約書の所定勤務時間、給与規程などを確認しましょう。
会社の規程を確認することで、どのような役職が管理監督者に該当するのか、お互いの認識をすり合わせることもできます。
残業代を計算する
実際に残業代を請求する際は、自分で請求額を算出しましょう。
残業代を正しく計算する際は、以下にあげる賃金の割増率を参照します。
【残業代を計算する際に使う割増率】
種類 |
割増率 |
時間外労働(法定労働時間を超過して勤務した場合) |
25% |
時間外労働(1ヵ月60時間を超過して勤務した場合) |
50% |
深夜労働(午後10時から午前5時の深夜に勤務した場合) |
25% |
休日労働(法定休日に勤務した場合) |
35% |
時間外労働(法定労働時間を超過して勤務した場合) |
50% |
時間外労働(1ヵ月60時間を超過して勤務した場合) |
75% |
休日労働(法定休日に勤務した場合) |
60% |
※1ヵ月60時間を超過した場合の時間外労働は、2023年3月までは大企業のみの適用
たとえば時間外労働に対して発生する賃金は、1時間あたりの賃金の25%増です。
1時間当たりの賃金を2,000円とした場合、2,000円×(1+0.25)=2,500円の残業代が受け取れることになります。
次に、下記例の残業代を算出してみましょう。
- 所定労働時間:午前9時から午後6時まで(昼休憩1時間)の計8時間
- 時間外労働:午後6時から8時までの2時間
- 1時間あたりの基礎賃金:2,000円
- 残業代:2,000円✕2時間✕1.25=5,000円
これを残業が発生した日ごとに計算し、残業代の合計額を求めます。
なお「1時間あたりの基礎賃金」は、以下計算式にて算出が可能です。
- 1時間あたりの基礎賃金=月額給与÷月平均所定労働時間
- 月平均所定労働時間={(1年の暦日数)-(年間休日日数)}×8時間
たとえば月額給与が30万円で月平均所定労働時間が150時間であれば、「1時間あたりの基礎賃金」は30万円÷150時間=2,000円となります。
残業代の計算について詳しくは年俸制で残業代が出ない場合は損している!残業代の計算方法と請求方法を解説をご覧ください。
役職を理由に残業代が支払われない場合は弁護士に依頼
残業代を請求するにしても、会社と労働者ではどうしても労働者の立場が弱くなり、強く出られないこともあるでしょう。
自分で会社と交渉するのが難しい場合には、弁護士に依頼するのがおすすめです。
弁護士に依頼することで、以下にあげるメリットがあります。
残業代を請求できる「役職」であるか否かわかる
残業代が支払われない「管理監督者」であるか否かは、個別の実態により異なります。
しかし、管理職といってもどのような仕事を任されているかは千差万別のため、自分で「管理監督者」に該当するのか否か、判断するのが難しい場合も多いと思います。
この場合、弁護士に相談することで、過去の判例やケースなどを踏まえて、自分が管理監督者であるか否か判断してもらえます。
管理監督者に該当しないにも関わらず残業代が支払われていなければ、会社に対して請求ができます。
未払い残業代を計算してもらえる
証拠から未払い残業代を計算するのは時間と手間がかかります。
また、残業時間数は日によって異なるので、先程紹介した計算方法で、1日ずつ計算しなければなりません。
また、残業代の未払い分が1年を超えるようなケースでは、残業代計算が非常に複雑になることも見込まれます。
弁護士に依頼することで、残業代計算を代行してもらうことも可能ですし、証拠の集め方、どのような証拠が有用か、といった点にもアドバイスをもらえます。
会社との交渉を代理してもらえる
会社と労働者の交渉の場合、どうしても労働者側の立場が弱くなり、言うべきことを強く言えない場合もあると思います。
この場合、弁護士が代理人になることで会社との交渉を対等に進められます。
対等かつ適切に交渉できるので、早期解決の可能性も高まります。
訴訟になっても引き続き任せられる
任意交渉で解決しなかった場合も、弁護士には、引き続き労働審判や訴訟などの裁判手続きを任せることができます。
一方で、会社にとって、今まで残業代を支払っていなかった従業員に対し、今後も残業代を支払い続けなければならなくなります。
また、場合によっては、同じ立場の従業員に対する残業代の支払義務が発生し、人件費が膨れ上がることも考えられます。
そのため、会社は役職が就いた従業員に残業代を支払うことに、強く抵抗することが考えられます。
また、会社側が交渉に応じず話し合いで解決できなかった場合、残業代を請求する従業員は、労働審判や訴訟など裁判手続きを申し立てなければなりません。
そこで、未払い残業代などの法律問題を弁護士に依頼することで、交渉が決裂したあとの裁判手続きも含めて、会社との交渉を任せることができます。
労働審判についての詳細は労働審判で未払いの残業代を取り戻す方法|手続きの流れやかかる費用を解説をご覧ください。
まとめ
「役職手当」を受け取っていても「残業代」を受ける権利がなくなるものではありません。
しかし、実際には、役職が就いたことを理由に残業代を支払わない会社も見受けられます。
ご自身が「管理監督者」に該当しない役職で、それでも残業代が支払われていない場合、弁護士に相談して、残業代が支払われるか否かといったこと、残業代の金額を確認したうえで、会社に請求することもできます。
労働問題に詳しい弁護士に相談することで、今までに発生していた残業代を計算し、会社との交渉を代行してもらうことも可能です。
残業代について気になる場合には、「ベンナビ」に掲載されている労働問題に強い弁護士や、お住まいに近い弁護士の下へ相談されることをおすすめします。