遺留分侵害額請求とは?期限や方法、遺留分の割合・計算方法を解説
家族が亡くなると、遺された財産の分配について相続人同士が揉めるケースは珍しくありません。
その対処法として国からは遺言書の作成が推奨されていますが、万が一、遺言書で自身が不公平な立場に置かれていたとしたら、納得のいくものではないでしょう。
法定相続人には最低限の取り分として「遺留分」が保障されています。
遺言書で遺産の分配方法が定められていたとしても、この遺留分は侵害できません。
この記事では、遺言書によって不平等な遺産相続が生じた場合、自身の取り分を請求できる「遺留分侵害額請求」について、権利保持者や有効期限、請求金額、正しい請求方法まで、事例を用いながらわかりやすく解説します。
遺産トラブルに巻き込まれている方や自身に遺された財産に納得がいかない方は、ぜひ参考にしてください。
遺留分侵害額請求とは?
遺言書があっても、記載された分配額に極端な差があれば、その相続に納得がいかない方もいるでしょう。
そのようなとき、遺産が一定の金額に満たない場合に取り分の多い人へ返還請求できる「遺留分侵害額請求」というものがあります。
ここからは、遺言書に不平等な内容があった際、相続人が行使できる請求権について、その割合や権利保持者、行使できる有効期限にも触れながら詳しく説明します。
遺留分侵害額請求とは何か
『遺留分侵害額請求』とは「いりゅうぶんしんがいがくせいきゅう」と読み、相続人のなかで贈与・遺贈額に差が生じた場合、極端に取り分の少ない人が遺産の返還を求める手続きのことをいいます。
そもそも「遺留分(いりゅうぶん)」とは・・・ 遺された家族に最低限保障されている相続権利のことです。 |
また、遺産の取り分が最低保障の割合に届いていない状態を「遺留分の侵害」といい、遺言書にあまりにも不平等な相続内容が記載されていた場合、これに該当する可能性があります。
そうなると、遺留分を侵害された相続人は法律で定められた遺留分の範囲内で、請求を申し立てられます。
ちなみに、遺留分にまつわる権利に「遺留分減殺請求」と「遺留分侵害額請求」がありますが、これらは2019年の法改正で一部の内容と名称が変更されたものです。
これにより、2019年7月1日以降の相続には「遺留分侵害額請求」が適用され、今まで贈与・遺贈された財産は現物請求だったのが、全て金銭請求に一本化されることになりました。
【参考】民法(相続法)改正 遺言書保管法の制定~高齢化の進展等に対する対応~|法務省
遺留分侵害額請求の権利保持者
遺留分侵害額請求の行使権が与えられるのは、法定相続人のうち民法第1042条で定められた以下の人物のみです。
- 配偶者
- 直系卑属(子・孫)
- 直系尊属(親・祖父母)
(遺留分の帰属及びその割合)
第千四十二条 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次条第一項に規定する遺留分を算定するための財産の価額に、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合を乗じた額を受ける。
一 直系尊属のみが相続人である場合 三分の一
二 前号に掲げる場合以外の場合 二分の一
たとえ法定相続人であっても、遺言者の兄弟姉妹には請求権がありません。
また、相続には優先順位があり、遺言者との関係性や人数によって遺産の分配額が変化します。
優先順位を考慮した相続人の組み合わせや遺産分配の割合に関しては、次の項目で詳しく説明します。
遺留分侵害額請求の割合|法定相続分との関係性
遺留分侵害額請求は、遺言書によって遺留分を侵害されている人が行使できる権利であり、決まった割合の範囲内で請求可能です。
その割合は、前述の民法第1042条のとおり、国が定めた相続の目安である「法定相続分」に基づいて決定されます。
詳しくは、以下の表を参照してください。
相続の組み合わせ |
法定相続分 |
遺留分 |
配偶者のみ |
100% |
法定相続分×1/2 |
配偶者+子 |
配偶者・・・1/2 子・・・1/2÷人数 |
配偶者・・・法定相続分×1/2 子・・・法定相続分×1/2 |
子のみ |
人数により均等に分配 |
法定相続分×1/2 |
配偶者+直系尊属 |
配偶者・・・2/3 直系尊属・・・1/3÷人数 |
配偶者・・・法定相続分×1/2 直系尊属・・・法定相続分×1/2 |
直系尊属のみ |
人数により均等に分配 |
法定相続分×1/3 |
配偶者+兄弟姉妹 |
配偶者・・・3/4 兄弟姉妹・・・1/4÷人数 |
配偶者・・・法定相続分×1/2 兄弟姉妹・・・なし |
兄弟姉妹のみ |
人数により均等に分配 |
なし |
このように、遺留分の侵害を受けている人は、当事者が「直系尊属(親・祖父母)のみ」にあたるケースをのぞき、法定相続分の2分の1を限度として請求権を行使することが認められています。
また、遺言者の子どもが死亡している場合、その子どもや孫がいれば法定相続人に該当する点も理解しておきましょう。
遺留分侵害額請求の期限
遺留分侵害額請求には時効があり、民法第1048条では以下のように定められています。
(遺留分侵害額請求権の期間の制限)
第千四十八条 遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。
法内容を見ると、遺留分侵害額請求の期限は以下2パターン存在することがわかります。
- 遺留分の侵害が判明した日から1年間
- 遺言者が亡くなり、相続開始となってから10年間
それぞれの期限について、詳しく見ていきましょう。
遺留分の侵害があると知った日から1年間
ひとつ目の期限は、遺留分の侵害を把握した日から1年間です。
具体的には、遺言書を見て「自身の遺留分が侵害されている」と知った日を起算日とし、その日から1年以内に遺留分侵害額請求をしなければ、権利が消失してしまいます。
相続開始から10年間
ふたつ目の期限は、遺言者が亡くなった日を起算日として10年間です。
この年数は「除斥(じょせき)期間」といわれ、経過すると自然に権利が消滅します。
また、前述の1年間に比べると長期ではありますが、たとえ遺言者が死亡した事実を知らなかったとしても、勝手に過ぎていくものと理解しておきましょう。
遺留分の時効について詳しくは遺留分の時効はいつまで?時効が迫っているときの対処法を解説をご覧ください。
遺留分侵害額請求には生前贈与も影響する
遺言者から生前にもらった財産を生前贈与といいます。
遺留分侵害額請求をする際はその生前贈与も含めて遺留分を算定し、請求するのがルールです。
とはいえ、生前贈与の全てが対象になるわけではなく、いつ、誰に、どのような目的で受け渡しされたものかによって判断されます。
遺留分の計算に含まれる生前贈与の条件は、以下のとおりです。
- 相続開始前の1年間におこなわれた贈与
- 遺留分の侵害を承知のうえでなされた贈与
- 法定相続人に対する特別受益
各条件について、ひとつずつ見ていきましょう。
相続開始前の1年間におこなわれた贈与
遺言者の死亡日からさかのぼって1年以内におこなわれた財産贈与は、たとえ相続人以外に与えられた財産であっても遺留分算定の対象になります。
遺留分の侵害を承知のうえでなされた贈与
もし、遺言者と贈与された人の双方が、遺留分を侵害するとわかっていながら財産の受け渡しをおこなった場合、その行為が何年前のことであっても遺留分算定の対象になります。
法定相続人に対する特別受益
もし、生前贈与が「特別受益」と判断される場合、相続開始から10年以内におこなわれた特別受益に関して、遺留分算定の対象になります。
ここでいう「特別受益」とは、相続人の婚姻費用や住宅購入資金、事業資金などに充てる目的で、法定相続人が遺言者から受け取った財産利益を指します。
そのほか、学費や留学資金の援助、借入金の肩代わりや自動車の購入も、特別受益にあたる可能性があります。
遺留分侵害額請求をおこなうための計算方法
ここからは、自身の遺留分が実際どのくらい侵害されているのかを把握するための、計算方法について説明します。
自身が最低限受け取れる割合と金額について、事例を用いながら解説するので参考にしてください。
遺言者の基礎財産を求める
遺留分を算定するには、遺言者が生前から有していた財産を知る必要があります。
これを「基礎財産」といい、遺産額と生前贈与額を足した金額から債務を差し引くことで算定できます。
具体的な計算方法は、以下のとおりです。
遺留分算定の基礎財産=(相続開始時の遺産+生前贈与)-相続開始時に遺言者が負っている債務 |
計算式に出てくる項目が指すものについて見ていきましょう。
相続開始時の遺産
相続開始時の遺産は、おもに金銭的価値のある財産を指します。
具体的には、以下の財産が挙げられます。
- 現金や預貯金、有価証券
- 不動産
- 自動車
- 宝石・絵画・骨董品などの動産
このような現物が遺されているものを「積極財産」といい、現金や預貯金以外の財産は「評価額」で遺留分を算定します。
生前贈与
前述で挙げた「生前贈与の条件」に基づくと、以下のような事例が生前贈与として認められます。
- 遺言者が亡くなる1年以内に知人へ200万円贈与した
- 遺言者が亡くなる3年前に愛人へ3,000万円の不動産を贈った
- 相続人に与えた住宅購入資金の1,000万円、結婚資金の100万円など
遺言者から贈与された財産であっても、扶養の範囲内のような少額であれば生前贈与に該当しません。
もし、遺言者から生前何らかの財産を得ており、その金額が生前贈与にあたるかどうか明確にしたいなら、弁護士や専門機関へ相談するのがよいでしょう。
遺留分侵害額の計算方法について詳しくは遺留分侵害額の計算方法を具体例を交えて解説!をご覧ください。
遺言者の債権
遺留分の算定に必要な基礎財産を求めるには、遺言者にある債務をプラスの財産から差し引く必要があります。
ここでいう遺言者が抱える債務には、以下の項目が考えられます。
- 借金
- 住宅ローン
- 各種未払い金
相続開始時に遺言者が抱える債務は、原則全て控除して基礎財産を計算します。
遺留分の計算方法
基礎財産がわかれば、前述の「遺留分侵害額請求の割合」に基づいて遺留分を計算できるようになります。
遺留分を求めるための計算式は、以下のとおりです。
遺留分=基礎財産×法定相続分×遺留分割合(1/2もしくは1/3) |
仮に、遺言者の基礎財産が1,000万円だった場合の遺留分について、相続人のケースごとに計算してみましょう。
相続人は配偶者のみ
相続人が配偶者のみの場合、基礎財産の100%が法定相続分にあたるため、遺留分の計算は以下のようになります。
1,000万円(法定相続分)×1/2(遺留分割合)=500万円(遺留分) |
相続人は配偶者+子ども2人
相続人が配偶者に加えて子どもが2人いる場合、まず基礎財産に法定相続分の割合を掛けたうえで遺留分を求めます。
配偶者・・・1,000万円×1/2(法定相続分)×1/2(遺留分割合)=250万円(遺留分) 子A・・・1,000万円×1/2(〃)×1/2(人数)×1/2(〃)=125万円 子B・・・1,000万円×1/2(〃)×1/2(人数)×1/2(〃)=125万円 |
子どもの遺留分は、人数に応じて変化します。
もし、子どもが3人であれば3分の1、4人であれば4分の1を掛けると正しく計算できます。
相続人は配偶者と父母
遺言者に子どもがいない場合、相続人は配偶者と遺言者の親となり、遺留分は以下のように計算できます。
配偶者・・・1,000万円×2/3(法定相続分)×1/2(遺留分割合)=333万円(遺留分) 親A・・・1,000万円×1/3(〃)×1/2(人数)×1/2(〃)=83万円 親B・・・1,000万円×1/3(〃)×1/2(人数)×1/2(〃)=83万円 |
親の遺留分は、子どもと同様で人数に応じて変化します。
もし、一方の親がすでに亡くなっている場合、計算式内の人数割は不要です。
相続人は父母のみ
遺言者に配偶者と子どもがいない場合、相続人は親のみです。
この場合の遺留分割合は、民法第1042条に基づき3分の1となります。
親A・・・1,000万円×1/2(人数割)×1/3(遺留分割合)=167万円(遺留分) 親B・・・1,000万円×1/2(〃)×1/3(〃)=167万円(遺留分) |
ここまで遺留分の計算について説明してきました。
もし、遺言書に記載された遺産額に明らかな遺留分の侵害が見受けられた場合、遺留分を侵害された人は遺産額が多かった人に対して遺留分侵害額請求ができます。
ただし、遺留分の侵害が見受けられるとはいえ、該当の相続人が生前贈与の受益者であれば、請求できない可能性があることを留意しておかなければいけません。
たとえ相続開始時に遺産の取り分が少なくても、生前贈与の金額を加味したうえで、それでもなお遺留分の侵害がある場合に請求権が得られるのです。
遺留分侵害額の正しい請求方法
計算によって自身の遺留分が侵害されているとわかれば、ようやく請求に向けた準備を開始できます。
とはいえ、遺留分侵害額請求にはとくに決められた形式や手順はありません。
そのため、請求の仕方によっては、のちのち相手方との関係性をこじらせてしまう可能性も否めません。
ここからは、遺留分侵害額を円滑に請求するための方法を説明します。
内容証明郵便で請求書を送る
遺留分侵害額請求をするにあたって、おすすめなのが「内容証明郵便」を利用した請求書の送付です。
前述のとおり、遺留分侵害額請求にはルールがなく、請求権を行使したいと考える本人からの意思表示のみで効力が生じます。
すなわち、相手方に口頭で伝えるだけでも請求が可能ということです。
しかし、簡単な行為だけでは相手方が納得する可能性は低く、万が一、関係性がこじれた場合に備えた最低限の手続きをとっておくのがよいといえます。
「内容証明郵便」を利用していれば、相手方から請求権を行使したとする証拠を求められても、その要求に応じることが可能です。
内容証明郵便を利用する際は、書類に以下の項目を記載するようにしましょう。
- 遺言者の情報
- 相続開始日
- 遺留分侵害額の支払いを求める旨
- 交渉相手の氏名
- 自身の氏名
この場合、請求書を送ったうえで相手方と協議し、話がまとまれば「合意書」の作成に移ります。
合意書には、相手方からの支払いが滞った場合にも対応できるよう、遅延損害金等についても触れておくのがおすすめです。
合意書の取り交わしが完了したら、最終的に書類を公正証書化しておきましょう。
解決しなければ調停で請求する
内容証明郵便の送付後、相手方との協議で話がおさまらない場合は、家庭裁判所へ遺留分侵害額の請求調停を申し立てましょう。
調停では、調停委員を交えて話し合うことで、遺留分侵害額について双方合意を目指せます。
申し立て費用
調停の申し立てにかかる費用は、以下のとおりです。
- 1,200円分の収入印紙
- 連絡用の郵便切手(裁判所により金額が異なる)
郵便切手代は申し立てをおこなう裁判所によって異なるものの、全て合算してもそこまで高額ではありません。
調停は法律に詳しくなくとも、比較的簡単にできる手続きです。
申し立て書類
調停を申し立てるには、申立書のほか相続の事実を証明する書類をいくつか提出する必要があります。
具体的な内容として、以下の書類が挙げられます。
- 申立書・その写し
- 遺言者の出生時から死亡時までの全ての戸籍謄本
- 相続人全員の戸籍謄本
- 遺言者の子および代襲者で死亡者がいる場合、その人物の出生時から死亡時までの全ての戸籍謄本
- 遺言書の写しまたは遺言書の検認調書謄本の写し
- 遺産に関する各種証明書(不動産登記事項証明書や預貯金通帳の写しなど)
- 相続人が父母でどちらか一方が死亡している場合、死亡記載のある戸籍謄本
これらの書類は、被るものがあれば1通で構いません。
どうしても申し立て前に入手困難なものは、後日提出でも認められるケースがあります。
遺留分侵害額の請求調停は簡単に申し立てられるものの、調停委員の発言に強制力はありません。
あくまでも、第三者目線で客観的な意見を述べるにとどまります。
もし、調停で決着をつけたいと思うなら、周到な準備をもって臨む以外に弁護士へ依頼することも有効です。
弁護士に依頼すればさまざまな助言をもらえるだけでなく、ご自身に代わって理論的に意見を述べてくれたり、法律的な根拠を用いて説明してもらえたりするため、調停を有利に進められる可能性が高くなります。
【参考】遺留分侵害額の請求調停|裁判所
調停不成立の場合は訴訟を提起する
相手方との協議、調停を経てもなお遺産相続について折り合いがつかなければ、最終手段として訴訟提起に移ります。
訴訟を起こす場合、遺留分の請求金額が140万円を超える場合は地方裁判所、140万円以下の場合は簡易裁判所で実施するのが基本です。
また、訴訟となれば相続問題が長期化することを視野に入れ、本格的に弁護士への依頼も検討しなければいけません。
まとめ|遺留分侵害額請求は弁護士のサポートで早期解決を
相続問題はややこしく、揉めごとが長期化すればするほど相手方との関係性が悪化する可能性があります。
また、遺留分侵害額請求の行使権には時効があるため、遺言書に不平等な内容が記載されているとわかった時点で早めに対処しなければいけません。
もし、遺留分侵害額請求をするなら、相手方をいち早く納得させるためにも相続問題を得意とする弁護士に依頼するのがおすすめです。
弁護士のサポートを受けられれば、相手方との交渉のアドバイスをもらえるだけでなく、慣れない書類作成もサポートしてもらえます。
さらには、目先のことだけでなく、将来的なトラブルを想定した対処法を考えてもらえる可能性もあるなど、あなたの力になってくれるでしょう。
もし遺留分の侵害が気になるのなら、自身の権利を守るためにも弁護士への相談を検討してみてください。