遺留分侵害額の計算方法を具体例を交えて解説!
遺留分侵害額請求とは、遺言書で与えられた遺産がほかの相続人と比べて極端に少なかった場合に、自身に保障された最低限の取り分を相手方へ請求することをいいます。
とはいえ、遺留分の侵害額を計算するのはそう簡単なことではありません。
相続開始時の遺産がどのようになっていたかによって、遺留分の金額も変わってきます。遺留分を計算するためには、正しい相続財産を把握するとともに、相続人に応じた割合で計算する必要があります。
今回は、遺留分侵害額請求を行使するための正しい計算方法について、遺留分の割合やシミュレーションを参考にしながら解説します。
読めば遺留分侵害額の計算がわかるだけでなく、その先の請求方法やトラブルになった場合の対処法まで理解できるはずです。
遺留分を計算して自身の侵害額が知りたい、不平等な財産相続を防ぎたいという方は、ぜひ参考にしてください。
遺留分侵害額請求の権利をもつ人
遺留分侵害額請求の行使権をもつのは、法定相続人のなかでも以下の人物のみです。
- 配偶者
- 直系卑属(子・孫)
- 直系尊属(親・祖父母)
これらの人物は民法第1042条で割合とともに定められています。
相続人の中でも遺言者の兄弟姉妹には請求権がありません。
(遺留分の帰属及びその割合)
第千四十二条 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次条第一項に規定する遺留分を算定するための財産の価額に、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合を乗じた額を受ける。
一 直系尊属のみが相続人である場合 三分の一
二 前号に掲げる場合以外の場合 二分の一
ちなみに「配偶者」とは、法律上の婚姻関係がある者に限られるため、入籍していない事実婚や内縁関係の夫・妻には遺留分がありません。
一方で、遺言者が配偶者と別居中や離婚調停中に死亡した場合は、法律上の婚姻関係があるため相続人として認められることになっています。
遺留分侵害額請求の割合
遺留分侵害額請求をするには、決められた割合の範囲内で、自身の不足分を相手方に請求する必要があります。
その割合は民法第1042条のとおりで、具体的な金額は法が定めた相続の目安である「法定相続分」に基づいて変動します。
詳細は以下の表のとおりです。
組み合わせ |
法定相続分 |
遺留分 |
配偶者のみ |
100% |
法定相続分×1/2 |
配偶者+子 |
配偶者・・・1/2 子・・・1/2÷人数 |
配偶者・・・法定相続分×1/2 子・・・法定相続分×1/2 |
子のみ |
人数により均等に分配 |
法定相続分×1/2 |
配偶者+直系尊属 |
配偶者・・・2/3 直系尊属・・・1/3÷人数 |
配偶者・・・法定相続分×1/2 直系尊属・・・法定相続分×1/2 |
直系尊属のみ(※) |
人数により均等に分配 |
法定相続分×1/3 |
配偶者+兄弟姉妹 |
配偶者・・・3/4 兄弟姉妹・・・1/4÷人数 |
配偶者・・・法定相続分×1/2 兄弟姉妹・・・なし |
兄弟姉妹のみ |
人数により均等に分配 |
なし |
このように、遺留分を侵害された者は法定相続分の2分の1額を限度として、遺留分侵害額請求をおこなうことができるのです。
ただし、相続人が「直系尊属(親・祖父母)のみ」というケースのみ、その割合は3分の1に変化するので注意しましょう。
遺留分侵害額請求の計算方法
ここからは、遺留分侵害額の求め方を理解するとともに、自身が最低限受け取れる遺産額について具体例を用いながら説明します。
遺留分算定のために基礎財産を把握する
まず、自身に保障された相続権利である「遺留分」を算定するには、遺言者の財産を把握しなければいけません。
遺言者が生前から有していた資産を「基礎財産」といい、遺産に生前贈与を加え、そこから債務を差し引いて算定します。
具体的な計算方法は、以下のとおりです。
遺言者の基礎財産=(相続開始時の遺産+生前贈与)-相続開始時に遺った債務 |
計算式にある各項目が表すものについて、具体例を挙げながら説明します。
相続開始時の遺産
「相続開始時の遺産」にあたるのは、以下の財産です。
- 現金や預貯金、有価証券
- 不動産
- 自動車
- 宝石・絵画・骨董品などの動産
このような金銭的価値のある財産がいわゆる「遺産」と呼ばれるもので、現金や預貯金以外はそのときの評価額で考えます。
生前贈与
遺言者の基礎財産には「生前贈与」も含まれます。生前贈与として認められる条件は、以下のとおりです。
- 遺言者が亡くなる前1年間になされた贈与
- 当事者同士が遺留分を侵害すると承知していた贈与
- 遺言者が亡くなる前10年間になされた「特別受益」という相続人の生計維持を目的とした贈与
原則として、遺言者が死亡する前1年間において贈与されたものは、全て生前贈与にあたります。
また「愛人へ3,000万円の不動産を贈った」「相続人の住宅購入資金として500万円贈った」「相続人の結婚資金として300万円贈った」などの金額も、生前贈与にあたるといえます。
生前贈与に関しての相談は生前贈与はどこに相談すればいい?無料相談する方法や専門家の選び方を解説をご覧ください。
控除すべき債権
遺言者の基礎財産を求めるには、亡くなった際に遺言者が負っている債権を差し引く必要があります。具体例としては、以下のとおりです。
- 借金
- 住宅ローン
- 各種未払い金
遺言者にある債権は、原則全て控除して基礎財産を計算します。
遺留分を求める
基礎財産が算定できれば、前述の「遺留分侵害額請求の割合」に基づいて遺留分を計算します。遺留分を算定する計算式は、以下のとおりです。
遺留分=基礎財産×法定相続分×遺留分割合(1/2もしくは1/3) |
ここまでの計算式を用いながら、遺留分の具体的な金額を計算してみましょう。
遺留分侵害額請求の具体例
2パターンの具体例を用いて、遺留分侵害額がどのようになるのかシミュレーションしていきます。
具体例①
- 亡くなった人・・・父親
- 家族構成・・・妻(A)、長男(B)、次男(C)
- 遺言内容・・・全財産を長男(B)へ相続させる
- 相続開始時の遺産・・・①3,000万円相当の持ち家 ②500万円の預貯金
- 生前贈与・・・次男(C)に5,000万円相当の不動産贈与
- 債務・・・なし
まずは、遺言者の「基礎財産」を求めます。
(3,000万円+500万円:遺産)+5,000万円(贈与)-0(債務)=8,800万円(財産) |
つぎに、それぞれの遺留分を求めます。
妻(A)・・・8,500万円(財産)×1/2(法定相続分)×1/2(遺留分割合)=2,125万円(遺留分) 長男(B)・・・8,500万円×1/4×1/2=1,062万5000円 次男(C)・・・8,500万円×1/4×1/2=1,062万5000円 |
まとめると、遺留分侵害額の判定は以下のようになります。
妻(A)・・・0円(相続・贈与分)-2,125万円(遺留分)=-2,125万円≦0円(遺留分あり) 長男(B)・・・3,500万円(相続分)-1,062万5000円(遺留分)=2,475万5,000円≧0円(遺留分なし) 次男(C)・・・5,000万円(生前贈与分)-1,062万5000円(遺留分)=3,937万5,000円≧0円(遺留分なし) |
したがって、遺留分を侵害されているのは「妻」のみであり、生前贈与や遺産がないことから、侵害額は遺留分そのままの2,125万円です。
この場合、妻は長男もしくは次男に対して、遺留分侵害額を請求できます。
具体例②
つづいて、別の事例を用いてシミュレーションしてみます。
- 亡くなった人・・・父親
- 家族構成・・・妻(A)、長男(B)、長女(C)
- 遺言内容・・・債務を返済し残った額を家族で均等に分けてほしい
- 相続開始時の遺産・・・3,000万円の預貯金
- 生前贈与・・・不倫関係にあった愛人(D)に4,000万円相当の不動産贈与
- 債務・・・1000万円
まずは、遺言者の「基礎財産」を求めます。
3,000万円(遺産)+4,000万円(贈与)-1,000万円(債務)=6,000万円(財産) |
つぎに、それぞれの遺留分を求めます。
妻(A)・・・6,000万円(財産)×1/2(法定相続分)×1/2(遺留分割合)=1,500万円(遺留分) 長男(B)・・・6,000万円×1/4×1/2=750万円 次男(C)・・・6,000万円×1/4×1/2=750万円 愛人(D)・・・権利なし |
まとめると、遺留分侵害額は以下のようになります。
妻(A)・・・1,000万円(贈与・遺贈分)-1,500万円(遺留分)=-5oo万円≦0円(遺留分あり) 長男(B)・・1,000万円(贈与・遺贈分)-750万円(遺留分)=250万円≧0円(遺留分なし) 次男(C)・・・1,000万円(贈与・遺贈分)-750万円(遺留分)=250万円≧0円(遺留分なし) 愛人(D)・・・権利なし |
妻に対して一定の遺贈はあったものの、計算してみると500万円ほど遺留分を侵害されていることがわかります。
妻は、遺留分に満たない500万円までの金額を、愛人含む3人に対して請求できます。
遺留分侵害額請求の時効は1年と10年
自身の遺留分が侵害されていることがわかれば、不足分を請求したいと思う方も多いはずです。そこで留意しておきたいのが遺留分侵害額請求権の時効です。
遺留分侵害額請求権の時効には「1年」と「10年」という時効があり、早めに対処しなければ経過によって権利が失われてしまいます。
(遺留分侵害額(減殺)請求権の期間の制限)
第千四十八条 遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。
ここからは「1年」と「10年」が指す2パターンの時効について、詳しく見ていきます。
遺留分の侵害があると「把握した日」から1年間
最初に考えるべき時効は、遺言書等によって遺留分の侵害が判明した日を起算日とする1年間です。
言い換えると、遺留分を侵害されている人がその事実を知らない限り、時効は経過しないということになります。
とはいえ、遺言書はその多くが遺言者死亡後の数ヵ月以内には見つかると考えられます。なかには、葬儀や相続手続きに追われている間に遺品から出てくるケースもあるでしょう。
その時点で時効が経過しはじめるため、慌ただしいなかで遺留分侵害額を計算したり請求をおこなったりしなければいけない可能性もあります。
「気がつけば時効が経過していた」とならないよう注意しましょう。
家族が亡くなった「相続開始日」から10年間
次に考えるべき時効は、遺言者が亡くなった日を起算日とする10年間です。この期間は「除斥(じょせき)期間」といわれ相続開始と同時にスタートします。
たとえ親族同士が疎遠で相続人が遺言者の死亡を知らなかったとしても、自然に過ぎていくため注意が必要です。
このように、遺留分の時効は多少複雑になっています。いつまでに手続きすればよいか悩む場合は、弁護士や専門機関に相談することをおすすめします。
遺留分の時効について詳しくは遺留分の時効はいつまで?時効が迫っているときの対処法を解説をご覧ください。
遺留分侵害額請求の手続き
自身の遺留分に対する侵害額を請求するには、正しい手順で相手方に請求書を送付する必要があります。
とはいえ、実は請求方法にルールはありません。
そのため、相手方に対してどのように意思表示すればスムーズか悩む方も多いのではないでしょうか。
ここからは、法律で定められた最低限の遺産を取得する遺留分侵害額請求の手続きについて、有効な方法を詳しく紹介します。
請求書は内容証明郵便で送る
遺留分侵害額請求の手続きには決まったルールがなく、相手方に対してメールや口頭、電話で意思表示をするだけでも効力が生じます。
しかし、そのような簡単な行為だけでは手続きとして不安に感じる場合「遺留分の侵害額請求をおこなう」という内容を記載した通知書を「内容証明郵便」で送付するのがおすすめです。
内容証明郵便を利用すれば、いつ、誰に、どのような内容の書類を送付したかが記録されます。
万が一、相手方が「書類が届いていない」「必要事項が書かれていないので無効だ」などと反論してきても、書類送付の事実を証明できるので安心です。
また、通知書には以下事項を記載しておくと、不足なく遺留分侵害額請求を進められます。
- 遺留分侵害額を請求する旨
- 亡くなった人の情報
- 相続開始日
- 交渉する相手の氏名
- 自身の氏名
指定のフォーマットは存在しないため、自身で作成したものでかまいません。もし不安であれば、弁護士に相談するなどの対処を検討しましょう。
相手が応じなければ調停で請求する
内容証明郵便を送付し、相手方との協議で話がまとまれば交渉成立となります。しかし、なかにはこちらの要望に一切聞く耳をもたず、話し合いがまったく進まないケースもあるでしょう。
そうなれば、次なる手段として「遺留分侵害額の請求調停」を家庭裁判所に申し立て、調停委員を交えた協議で解決を図るのがおすすめです。調停を申し立てるのに必要な書類や費用を説明します。
調停申し立て書類
家庭裁判所に遺留分侵害額の請求調停を申し立てるには、以下の書類が必要です。
- 申立書・その写し
- 被相続人の出生時から死亡時までの全ての戸籍謄本
- 相続人全員の戸籍謄本
- 被相続人の子および代襲者で死亡者がいる場合、その人物の出生時から死亡時までの全ての戸籍謄本
- 遺言書の写しまたは遺言書の検認調書謄本の写し
- 遺産に関する各種証明書(不動産登記事項証明書や預貯金通帳の写しなど)
- 相続人が父母でどちらか一方が死亡している場合、死亡記載のある戸籍謄本
これらの書類は、相続の事実と遺留分の侵害を証明するものとして、裁判所から提出を求められます。もし、書類のなかで被るものがある場合、1通準備しておけば問題ありません。
【参考】遺留分侵害額の請求調停|裁判所
調停申し立て費用
調停を申し立てるのに必要な費用は、以下のとおりです。
- 1,200円分の収入印紙
- 連絡用の郵便切手 ※金額は裁判所ごとに異なる
このように、調停の申し立てでは大きな費用負担がなく、収入印紙や郵便切手代のみで意外と簡単におこなえます。
調停の申し立てをする前に留意しておきたいのは、調停は勝ち負けを決める場ではないということです。
調停とは、調停委員が加わって話し合いを進めながら両者が納得できる方法を導き出し、双方合意を得ることで紛争の解決を図る手続きです。
そのため、自身の意見を主張するだけでは、なかなか合意に至らない可能性もあります。
もし、調停で遺留分侵害請求の解決を図りたいなら、弁護士に依頼してサポートを得ながら協議できると、相手方との折り合いがつきやすいといえます。
それだけでなく、自身が有利になるよう戦略立てた協議が可能になるため、最終的に遺留分侵害額の回収に近づけるでしょう。
【参考】遺留分侵害額の請求調停|裁判所
調停が不成立となれば訴訟を提起する
調停を開催しても話に折り合いがつかず、それでもなお遺留分侵害額の問題を解決させたいと思うなら、最終手段として訴訟で争うことになります。
このとき、遺留分侵害額の請求金額が140万円以下なら簡易裁判所へ、140万円を超える場合は地方裁判所へ提起するのが基本です。
ここまでくると、個人の力で解決を図るのはなかなか簡単ではありません。
時間と労力が失われる可能性もあるため、弁護士へ依頼して解決に向けた策を講じるのがおすすめです。
法改正による遺留分への影響
遺留分侵害額(減殺)請求権は、2019年の相続法改正により名称と制度内容の一部が変更になりました。
改正前後の変更点は、以下のとおりです。
変更前 |
変更後 |
|
名称 |
遺留分減殺請求権 |
遺留分侵害額請求権 |
請求物 |
財産の「現物」 |
相当額の金銭 |
留意事項 |
ー |
支払い期限の新設 |
改正前の「遺留分減殺請求」では、遺産返還における請求物が「財産の現物」だったことから相続に支障が生じていました。
なぜなら、請求対象が不動産の場合、遺留分の金額次第では相手方と不動産を共有する必要があったからです。
一方、改正後の「遺留分侵害額請求」では遺留分を「金銭」で請求できるようになったため、たとえ相続物が不動産であっても相手方とはお金のやりとりのみで済み、侵害額の請求がスムーズになりました。
これらの制度は、2019年7月1日施行以降に開始された相続に適用されています。
遺留分問題を解決させるには弁護士へ相談しよう
遺留分は相続人に与えられた権利であるため、正しい手順を踏めば多くのケースで侵害額を回収できます。
そのためには、まず自身の遺留分がどのくらいあり、遺言書で与えられた遺産に対していくら侵害されているのかを正しく把握することから始めてください。
もし、遺留分侵害額の計算がうまくできない場合は、相続問題を得意とする弁護士へ相談するのがおすすめです。
弁護士からの意見が得られれば、たとえ相続人のなかで生前贈与を受けている者がいたり、遺産のなかに不動産が含まれていたりした場合でも、遺留分の計算がスムーズに進みます。
万が一、相続人同士が揉めてしまったとしても、法律に基づいた確証高いアドバイスによって解決へ導いてくれるはずです。
調停や訴訟に発展した場合でも、自身が優位に立てるような証拠をもとに弁護してくれるため、結果的にあなたの遺留分は守られるといえます。
もし、相続問題に悩む方や与えられた遺産に納得のいかない方がいれば、まずは弁護士への簡単な相談からスタートしてみませんか。